千葉富士見二丁目

 香港クラブに寄ってママさんにレーザーとグラスを渡す。



 水餃子を出してくれた。これは半分以上食った後だ。


 ママさんと、あと名前を知らないなんとかさんと、今回の旅行の感想を話す。ママさんは今は実家が北京にある。私の感じたことはすでに全て日記に書いた。全体的に、物価が安くないと言う以外は好印象だし、もし私が中国人だったら、ポスターの言う通り”中華有福”と言う。北京は現在も悪くないがもっと希望がある。私が行く寸前は30℃を超えていたが、大雨のおかげで涼しかった。


 香港で話題にしたわけではないが、ほかに今回の旅行で一度も香菜に出会わなかったことに気が付いた。2000年に私が教えたことが浸透したものと見える。


 2時間くらいいたんだろう1万円也。



 歩いて帰ろうかなとこのあと千葉中央公園に渡ったところで、風船のおもちゃを渡すのを忘れたと思いだし、香港クラブに戻った。二度目の帰宅はさすがに面倒になってタクシーに乗り込んだ。今日はリュックサックを担いでスーツケースを引きずってる。



 となりのファミリーマートでタクシーを降りてカフェオレとアイスを買う。



 ゴミ屋敷。ひさしぶり。

北京第6日


 昨日ローソンで買ったパンと乳酸飲料。




 この中国のヤクルトは飲もうとして鼻に近づける瞬間に何とも言えない汚臭がする。飲み始めてみるとそうでもない。600億の乳酸菌と書いてあるが、人間から取った乳酸菌を培養したんじゃなくて、毎朝人間から取った600億の乳酸菌をそのまま添加してるんじゃないの。



 なんだこのパンは。雑穀なんだろうが綿ぼこりを練り固めて食ってるようだな。まずいパンの記録更新だ。


 こうやって私が北京を離れやすいように母なる北京が後押ししてくれているんだろう。



 アップルパン。こっちは普通だ。




 中国のSIMカードSIMロック解除したdocomoの携帯で電話とショートメールはできるがインターネットにつながらないことが気になっている。日本では試せないので再度チャレンジする。



 docomoのSH-04Gに入れる。




 やっぱりだめだな。



 きのう中関村で買ったタブレットに入れると・・・



 日本のサイトにもつながる。SIMカードは問題ない。




 部屋のサービスのドリップコーヒー。



 さて、のんきにやっているが16時半の飛行機に乗らなきゃならない。荷物を作る。



 最後に、部屋からの雄大な景色を確認しておく。





 じゃ、さよなら。



 お世話になったウォシュレットもさよなら。部屋は無駄に豪華だったがウォシュレットはありがたかった。そういえば部屋の掃除も午後の短い外出の間に完璧にやってくれたな。



 ひと瓶全部使ってもまだ薄いボディシャンプーもさよなら。




 さよなら長富宮。



 寄り道しながら空港に向かう。



 永安里で降りてSIMカードを買った携帯屋に寄る。




 携帯屋は貴友大厦の西側にある。大通りに面した南面にも携帯屋があるが、私が行くのはUNICOMの看板も出ている西面の小さい店のほうだ。


 店に入って女の子に、先おとといここでSIMカードを買ったんだけど、と言うと、はい、と言う。あれから微信で払えるようにしたんだけど、あとどうすればいい、という意味のことを理路整然じゃないスタイルで聞くと、実際にやって見せてくれた。銀行にも微信にも金が入っていないので実際に充値はしなかったが、微信が使えれば日本でもできることは分かった。ありがとう。


 あといくら金が残っているかはどうやって知ればいい?と聞くと、電話会社から来たショートメールにYeと返信すると残金を知らせるショートメールが来るということを実演してくれた。でも国外では出来ませんよという。わかったありがとう。


 このタブレットは昨日中関村で買ったんだ、と自慢する。いくらでした?と聞かれる。700元と答える。何も言わなかったな。もちろん自分のところで買ってほしかっただろう。外人のやることは考えてもしょうがないと思ったかな。


 携帯屋の店員が賢くて今回たいへん助かった。銀行員もそうだったし、いくつかのレストランもそうだ。



 さて空港方面に向かう。



 帰る前に立ち寄るつもりだった燕沙商場。



 外国人向けみたいな高級品のデパートだ。高級品じゃなくて贅沢品だろう。




 消せるボールペンが30元で売っていた。500円以上だろう。高すぎだ。虹橋でも藍島でも売っている。キラキラ売り場で20歳ぐらいの頃使っていたのと同じカミソリを見た。店員に勧められたが、値段を見ると1000元だと言う。替え刃は中国製かと聞くとドイツ製だと言う。買う奴いるのかね。特に気になるようなものはなかった。


(170629追記:ドイツ製高級カミソリ。こんな感じだな。
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AB%E3%83%9F%E3%82%BD%E3%83%AA&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjOoq65oePUAhWIT7wKHc5LCWgQ_AUICigB&biw=1920&bih=950#tbm=isch&q=%E3%82%AB%E3%83%9F%E3%82%BD%E3%83%AA%E3%80%80%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E8%A3%BD%E3%80%80%E9%AB%98%E7%B4%9A )




 買い物はしないがトイレは借りる。




 裏というか隣のケピンスキーの横にもみじ1号店があったはずだ。どこにあったんだろうと裏に回ってみる。こんな気持ちのいい水辺だったんだな。

 





 ケピンスキーの中を通って裏から表に歩いてみるが、もみじ1号店があった通りの写真とはそもそも雰囲気が違う。いまさら分かってもはじまらないので、もうこれでいいや。秋の日は返らない。昼飯を探そう。



 燕沙の地下のレストランというのを見にゆくと、とても西田利嗣が飯を食うようなところじゃなかった。



 北京空港では2000年に疲れてどうにも座りたくなって45元でコーヒーを飲んだ記憶がある。あまり感心しないが空港で昼飯を食うしかなくなった。



 空港に行く電車の窓から。




 北京空港に到着。電車を降りるときの一卡通の残高は86元だった。今回94元も電車に乗ったんだな。半分以上が空港の電車か。







 飛行機は16時半だがこの時点で現地は12時15分だ。カウンターに行くと搭乗受付が始まる気配も無い。



 うろうろしていると食事の客引きが声をかけてくれた。自分で探し出さなくても誰かが強制してくれると言うのはたいへん楽だ。彼女が持っているメニューで一番デラックスなこれをいただくことにする。128元也。今回の食事で酒をのぞけば一番高い。2000年だったらあと2元足すだけでもみじ2号店で7時半から25時まで飲んでドリンク1杯つけられた、と言ってもはじまらない。料理を決めた後で彼女が何か難しいことを言った。わかりませんよ、私は外国人だよと言うと、料理の写真の皿の上を指さして、これとかこれとか、と言っている。嫌いなものがあるかと言っているようなので私は何でも食うよと答えるとそれで満足したようだ。例によってコーラを付けてもらう。コーラは10元だった。そんなもんだろう。





 公安もカートでうろうろしているが武装警察も時々カートで回ってくる。後ろに乗っている1名は機関銃を構えている。射殺されないように充分遠くに離れてから写真を撮る。




 さっき食事をしたところ。





 ようやく荷物をあずけて搭乗口に向かう。





 そうかまた電車か。



 ドアに寄り掛かってはいけない。タバコを吸ってはいけない。ホームの隙間に気を付けて。手を挟まれないように。北京の電車では携帯を使うなとは言っていない。


 出国手続きの行列の中で30代くらいの男女二人連れの女のほうが気分が悪くなったようでうつむいて手持ちの袋に嘔吐している。近くに居た他人らしい若い女が係員に声をかけて、この人具合が悪いようですよなどと言ったんだろう。係員はその二人連れを列から連れ出して、待たずに手続きできる隣の窓口に連れて行った。






 ようやく搭乗。




 やっと動き出した。






 今日の晩飯。左端はサラダかと思ったら冷たいうどんだった。



 着陸も近い市原かどこか。



 火事かと思って写真を撮ったが、翌日ニュースを検索しても火事があったとは出てこない。照明? 煙が上がっているように見えたが。




 羽田空港に到着。






 千葉行きバスを待つ。




 がらがらで出発。



 千葉中央では私一人になった。




 千葉富士見二丁目。久しぶりに夜の富士見二丁目を見ると、感じの悪い客引きが大勢でわがもの顔に道路を占領していてなんとも感じの悪い繁華街だ。

北京第5日


 初日にe航空券の控えを紛失したので印刷する必要がある。また予定通りホームプリント搭乗券も印刷する。情報の通り、直前になると席が空いてきて窓際に変更できた。いずれもwindowsのおまけの印刷機能でPDFに出力する。



 いままで気が付かなかったがThunderbirdbiglobeのメールが受信できていない。携帯のgmailアプリではbiglobeが受信できているという、逆転現象だな。


 印刷したいPDFをUSBメモリーに入れてフロントに行き、プリンタとパソコンが使いたいんだけどと聞くと、21階ですよと教えてくれた。



 21階に行くとサロンのような事務室のような1室があって、受付の女の子がいる。プリンタを使いたいんだけど、と言うと、このホテルの客ですか?部屋の番号は?と言う。印刷は1枚10元ですという。100枚印刷するならプリンタを買いに行こうかと思うだろ。当方は2枚だ。案内されたのは同じ部屋に図書館の自習室みたいな小さい仕切りの中で技術者様がパソコンの前に座っている。技術者様なんだろうが見た目は受付の女の子と変わらない。USBを渡して、画面を見ながらフォルダーとファイルを指さす。お金は部屋代に含めてもいいですよと言われたと思うが、今払ってもいい?と聞くと、いいというので20元払う。領収書、と言ったら、それはフロントですと言われた。



 印刷結果を部屋に置いて今日の観光に出かける。




 遅くなったがホテルの周辺を点検する。というのはここは都心であって人間臭いものが何もないと決め込んでいたんだ。2000年に来た頃は国貿ビルのあたりから長冨宮を眺めて金持ちが泊るところだと白眼視していた。



 まず同じ建物のすぐ裏にローソンがある。なんだ遠方の便利店で朝飯を買って運ぶ必要なんかなかった。ボディシャンプーも売っている。24時間だという。



 もうちょっと先に行くと手ごろな感じの料理店も並んでいる。灯台下暗しと言うか、チャイパブに目がくらんで足元を見ていなかったな。






 ここは料理の絵が表に出ていて安心できる。看板の中に蠍とか螺とかの危険そうな文字もない。


 幸い、一番若くてかわいい給仕が対応してくれた。若くてかわいいということは賢いということだ。人が見かけで分からないなら人間には群れるという遺伝子が無いことになる。人間は見かけで人間を識別できる。


 どれがうまいですかと聞くと、なんとかかんとかと言っている。私は外人だよ、分からないよ、と言うと、麺ですか何とかですかと聞くので、分かった部分の麺だよと答えてしまう。これはおいしいです。辛くて酸っぱいです。あとこれはなんとかで、こっちはどうこうですと説明が続くので、最初に言われた辛くて酸っぱい面を頼んだ。


 飲み物は?とこっちが聞くと、スープですかなんとかですかと言う。飲料だよ、コーラはあるかい、と聞く。当方が口で言える飲料は水とコーラと茶とコーヒーだけだ。コーラはビンのコーラですかなんとかですか?と聞いてくる。ビン? ビンじゃなければ何なの?と意味の通じないことを言うと、彼女は賢いことに冷たいコーラと室温のコーラを出して見せた。ああそれか。冷たいほうをいただく。




 料理が登場。辛すぎもせず、人民の助けを借りて何とか無事に昼飯が終わる。


 食べ終わってレジに行くと、別の女から、あなたは何とかですね、と言われる。5元のコーラと21元の麺だよと答える。




 さらに長冨宮の裏通りを東に歩く。




 会社の門を守る2匹の獅子のようにおじさんとおばさんが寝ている。今日は日曜日だ。



 全部電動バイク




 長冨宮の周りを知った有意義な散歩だった。都心のように思っていた建国門の生活臭のある一面だな。






 今日は長城に行くかとも思っていたが中関村に行く。



 地下鉄の中で地球の歩き方を開く。西単で乗り換え。簡単だな。


 地下鉄の中で、鵜の目鷹の目で空席を探しているおばさんがいる。事情は後で分かったが離れたところに立っている亭主を座らせたいらしい。駅で空いた席にとびかかって行ったが、わずかの差で他の人が先に座った。おばさんは見るからに残念そうに天を仰いでいる。近くに5歳くらいの女の子が座っていて、両親はその前に立っている。女の子が私の席を譲りましょうと言う。ここでおばさんは荷物を席に置いて離れた場所にいる旦那を呼びに行く。太ったくたびれただんなを座らせると、こんどはその隣に座っている女が、私の席も譲りましょうとおばさんに言った。遠慮しあっていたが結局人に譲られて夫婦で並んで座ることになった。謝謝などと言っている。しばらくすると別の駅でおばさんの横の席が空いた。最初に席を譲った女の子におばさんが、ここに座りなさいと言っている。この太った旦那は体が弱いのか、それとも昨夜寝ていない事情があるのか、あるいはただ座って寝るのが好きなのか知らないが、席に座るとすぐに寝てしまった。


 中国人は簡単に謝謝などと言わないものだと思っていたが、いまこの電車の中でもあちらこちらから謝謝という挨拶が聞こえる。そういえば初日に空港から乗った電車で私の目の前に席が空いて私が座らないでいた時、横に立って居た若い男が私に声をかけてから座ったのを思い出す。


 あとは・・・北京の地下鉄は連結部分が広くて気持ちがいい。北京の地下鉄は網棚が無い。北京の地下鉄は揺れない。簡単に立っていられる。





 ここで人に見つからないように写真を撮ったらしゃがんでいたおじさんに呼び止められた。おまえ政治スローガンを盗もうとしただろうと言われるのかと思ったら客引きだった。何を買うんだと聞かれるのでまたただ見る見るだと答える。




 先日買った中国のSIMカードが電話とショートメールはできるのにインターネットができないことが気になっていた。店を眺めていて、電話ができるタブレットを買うなら重複にならず意味があるだろうと考えた。値段を聞くと700元だという。700元なら、後に残るものだし使い道があるだろう。


 Y!mobileSIMカードを入れてみると、電話はできるがインターネットができない。中国のSIMカードを入れるとがちゃがちゃ設定に苦労していたようだが使えた。衝動買いだが悪くないだろう。なにしろ昨日は220元でパンダのグラスを買った。






 両替したばかりの赤い毛沢東が減ったので中関村を見物する気も失せて帰宅の途に就く。



 建国門に帰着。



 青空。横断歩道の赤信号で渡る人もいるが青になるまで待つ人もいる。私が空を眺めていたらいつの間にか青になったらしい。後ろから若い男が、先に行きますよ、あなたは行かないの、と低い声で私に声をかけて追い越していった。




 さっき発見したローソンで明日の朝飯とおやつを買う。



 ホテルのロビーでまた両替。5万円入れようとしたら4万円飲み込んだところで、あと4千円入れることができますと表示して飲み込まなくなった。

 4万円入れて1回で両替したがレシートは1万円分しかない。4枚出て取り忘れ? そんなことはたぶんないと思う。



 下のローソンで買ったもの。



 ドラッグ&ドロップができなくて交換してもらったBluetoothマウスだがまたドラッグ&ドロップが出来なくなっている。



 ポテトチップと桃茶。



 買ってきたタブレットのデザリングを試す。中国ではY!mobileローミングのモバイルネットが1日3千円かかる(これも2000年の環境から比べると素晴らしいことだけど)から重要なところだ。タブレットwifiアクセスポイントを設定する。



 パソコンでそれに接続する。簡単だな。よかった。



 百度地図も開ける。



 懸案の、微信でお金を授受できるようにする。










 マイウォレットが出た。



 たぶん成功。



 さて、勉強もこれくらいで晩飯食って夜の勤めに出るか。




 昼に歩いた道を歩いてみる。写真は明るく見えるが実際にはもうちょっと暗い。



 すずしい初夏の夕方。








 にぎやかな通りが終わる場所の新上海小吃坊。客だか友達だかが帰るところだ。ここで晩飯を食う。



 飲料4元。昼に行った高級店より1元安い。これいい?と冷蔵庫から勝手に取る。





 肉絲蛋炒飯。



 経営者家族の晩飯が始まるらしい。このあと子供が現れて大声で騒いだ。



 炒飯登場。肉絲とやらがちょっと固いが薄味で食いやすい。



 新上海小吃坊の向かい。




 このガソリンスタンドの出入り口に乗用車が停車して、携帯か何かをいじっていた。タンクローリーが来て乗用車にクラクションを鳴らす。クラクションを鳴らさなければ交通システムが回らないから鳴らしている。千葉でクラクションを鳴らしている連中にはこの事情が無いんだから釈明が必要だろう。千葉人だから、と言うのなら、理解できるような気もする。そうだろうか? 実は千葉人にもクラクションを鳴らさない奴のほうが多い。ごく一部の連中が千葉のクラクション鳴らしの大部分を担当しているわけだ。千葉人のクラクションを鳴らさない大部分は、街中こぞってクラクションを鳴らさない仙台人と変わらない。ではなぜ仙台にはクラクションを鳴らすものが居ないのか? 仙台人がみな日本人だから?








 建外大街に戻る。




 永安里を過ぎたあたりで白人のおばさんに英語ができるあるかと呼び止められた。出来ない、と答える。彼女は英語ができない中国人を探していたらしい。ここに行きたいと指した地図は二環路の中だ。彼女が歩いている方向が逆だ。こっちじゃないよ、後ろだよ。今はここ、これが私のホテルで、私はこっちへ行く、と地図を指して教えてやる。あなたはこっちだ。歩いて20分か30分かかるよ、と教えてやる。私は中国人じゃないよ日本人だよ、と言ったら、アイムソーリと言った。



 SOHO建外の12号楼の場所を地図で確認してたどり着いた。ちょっと離れているので前回は見つけられなかった。



 羽という店があるはずの3304。





 国貿から地下鉄に乗る。




 大望路に到着。



 現代城SOHO D座を初めて点検する。ネットで見たところでは18階に銀のバラがあるはずだ。



 ところが18階に上がってみると、銀のバラは無くて代わりにA座にあると情報を見てきた梓がD座18階にある。



 入ってみると、なんだここはデラックスな店じゃないですか。日本に来たことが無いというチーママも、付いてくれた元福岡留学生でいま企業の通訳をしているという子も日本語がうまい。カラオケは中国の機械とJOYSOUNDの切り替え。飲み放題2時間300元、女の子チップ200元、ドリンク50元からだそうで、ここでは話が盛り上がって2時間半座っていたが、2時間分で計算してくれて550元也。最初にここにきていたら今回の旅行もちょっと感じが変わっていたかな。


 遅いんで帰りますよ言って実はまたA座22階に上がっていく。門を見ただけのヒマワリに行ってみると、他の客が帰るところで中は私だけになる。



 この店はママさんとかチーママとかいうのがいるのかいないのか、初めての客を見にも来ないでほったらかしだ。誰がいいですかと女の子本人が言うのでお前だよと言うと、例によって日本語を勉強しているというが何も言えないらしい。410元也。携帯でタクシーを呼んでタクシー代も払ってくれた。


 携帯でタクシーを呼ぶ、というが日本のように電話して呼ぶのとはちがう。自分が呼んだタクシーが今どこを走っていてどこまで近づいて来たかもわかり、タクシーの番号も事前に分かり、支払もそうしたければ携帯で支払いが済んでいる。食堂も自動販売機もすべてそうで、現金をいじっているのは私だけだ。出前を取るのも同じだと言う。日本の近い将来の姿が見える。逆に言うと微信みたいな支払いシステムを作った会社は中国の通貨の半分を担っていることになる。チャイナドリームだね。



 タクシーの中から。





 ただいま。


北京第4日



 昨夜買ったパンとヨーグルト。ヨーグルトは濃い。



 パンにはマーガリンみたいなものが入っている。





 株の利益は出ないが含み損が減って資金には余裕ができたのでちょっと前にコスモ証券に移動した金をみずほ銀行に戻しておく。



 おでかけ。



 ホテルのカウンターで両替を頼むと、フロントの機械でできると案内してくれた。万札を入れようとしたが受け付けない。1枚づつだよと教えてくれた。ところがここで安心して、1万円づつ両替を三回して手数料も3回払ってしまった。正しくは万札を1枚入れたこの画面で次の万札を1枚入れるべきだったんだ。



 今日は故宮天安門広場方面に向かう。地下鉄で行くつもりだったが、考えてみれば見物に来ている暇人だったので歩くことにする。






 向こうが昨日渡って写真を撮った歩道橋だ。



 いつも使わないほうの建国門内の駅の出口。







 北京駅はここか。ちょっと望遠で撮っている。2000年に来たときは天津に行く日にタクシーで連れてこられただけで場所を意識したことが無かった。








 こんな都心にサッカー練習場。



 隣接してバスケットボールの練習場。






 王府井は前回デパートを見たり屋台の羊肉櫛だかサンザシだかを食った記憶があるが今回は用がない。






 故宮に到着。



 地下鉄みたいな安全検査をやっている。制服の若い女に、どこに行くと聞かれる。ただ来て見る見るだと馬鹿な返事をしてしまった。こんなバカなら大丈夫だと思ったのか深くは追及されず通された。


 次に、すぐ後ろで荷物のX線を見ていた女がデジカメが入っていると騒いだ。一緒に立っている他の女が、おまえは中国公民ではないなと言うので、日本人だよと言ったらこれも許してくれた。日本にいるときは新疆人だよと答えるのを定番にしているがここで出さなくてよかったな。


 私がどこに行ってもだいたい尊重してもらえるのは私が相手自身を尊重しなくても相手の立場は常に尊重しているからだ。



 自爆装置を身に着けていない大勢の人に交じって安心して観光を続ける。故宮の中には今回は用がない。








 武装警察とすれ違う。結構どこにでもいるがマッサージの客引きのようにだらしない公安とは物腰からして違う。



 南に下って安全検査区域を出る。








 昼飯を食ってないし小便がしたい。ここで食うことにする。




 都心の観光地に近いだけあって清潔っぽい作りのレストランで、賢くなさそうな若い女がホールに居る。水餃子とこの饅頭をくれと言うと、水餃子はありませんと言う。饅頭だけで足りるかな、昼飯として、と聞くと、何を言ってるのかわからないと言う。そうかもしれない。じゃあいいや饅頭をくれ。緑茶もくれ、と言うと甘いpet茶が出た。


 私の後から西洋人の客がひとり入ってきた。言葉は全く通じないらしい。さっきの女が、袋に入った未使用の食器と箸がいっぱい置いてある入り口の横のテーブルに外国人を座らせる。テーブルを片付けもしないんだ。我慢する者と我慢できない者は話し合うことができる。我慢する者と感じない者は相談することができない。棒で叩いて命令することはできるだろう。




 やっぱりこれだけでは足りないだろう。半分程食べたところで、伝票・・・じゃなかったメニューをくれ、と言って、魚香肉絲を頼む。



 後日この場所が分かるように百度地図を撮っておく。



 やっぱり相手の親切と賢さに頼ってばかりでは飯も食えないな。なんとか飯らしい飯が食えた。


 魚香肉絲とは2000年に左安門のレストランで、これとあれとそれとたくさん注文してほとんど残す私に腹を立てた張雪があんたはこれからこれだけ食いなさいと言ったのが魚香肉絲だ。いろいろ入っていて栄養もあり私も好きだと言っていた。今回、張雪の教育が役に立った。




 地壇公園の北東にある虹橋商場に向かう。










この交差点の動画




 今回北京で目立つのが電気スクーターで、内燃機関のスクーターをほとんど見ない。大気汚染の防止のためというニュースをそういえば見たような気もする。これは最悪の部類で、大部分は普通のバイクの外観で、ヘルメット無しで運転している。運送屋はヘルメットを着用している奴が多いようだ。




 虹橋商城に到着。見れば、ああこうだったなという気がする。



 ここで早くも電池が切れる。昨日歩道橋の上で替えたばかりだ。


 虹橋商城の入り口の短い外階段で、黒人の観光客の一人がよぼよぼの中国人のじいさまの手を引いて階段を下りた。下に居た制服の警備員が親指を立ててその観光客を見送る。


 虹橋は今回の北京見物で一番気をひかれた。ネクタイやおもちゃを見ても、買って帰ろうかなーと思ってしまう。特に1階の文房具屋で、欲しかったレーザーポインタを見つけて買った。15元と書いてあるのを5個買うと言うと、7個で100元でどうだと言うのでそうしてもらった。消せるボールペンの青がここには売っていた。


 上の階の雑貨売り場は、売っているものは大したものじゃないだろうが売り場自体が非常に美しく思えた。そこで白酒を飲むようなグラスを買おうとしたが、いくら?と聞くと、何個買うのかと聞く。1個いくら?と聞くと1個は125元だが何個買うの、相談だよ、というようなことを言っている。私は売り手が金額を決めて買い手はそれを買うか買わないかだけだという考えだから、値引きの交渉なんか要らないんだ。良い物なんだね、買えないから、と立ち去ろうとすると、まてまて、いくらなら欲しいと聞く。10元だと思ったよと正直なところを言う。これは1個125元のものだよ、と相手は言うんだ。それは本当かもしれない。芸術の値段は売り手が決めるんだからな。買えないと立ち去ろうとする。何個ほしいんだと言うので10個と答える。いくらなら買うんだと聞くので、10個で200元と言ってしまった。よし、じゃあ220元でどうだいと言うのでこれで買ってしまった。15万円で北京に来ている。なにか記念品があってもいいだろう。なにしろ虹橋だ。虹橋が外人からぼったくらなければ広い中国のどこで外人からボルと言うのか。


 そういえば千葉の富士見二丁目の某は浅草かどこかの中国人観光客専門のぼったくり土産物屋でバイトしてたがあまりがんばってぼらないので首になったと言っていた。


 

 虹橋の前の歩道橋でタコを売るおじさん。


 歩道橋を降りたところで、めずらしい玩具を売っている男がいた。縁日のしゃぼしゃぼみたいな、風船に水が入っただけの簡単な物体で、男が地面に強くたたきつけると液体を打ったようにぺっちゃんこになる。そのまま数秒で元の風船の形に戻る。5元だと言うが珍しいので2個買ってしまった。重要なことは、清潔な場所で遊んでください、と最後に言われた。



 地下鉄でホテルに戻る。



 最後尾の車両に乗ったら出口を間違えて建国門内の出口から出てしまった。



 今回初めて青空を見たような気がする。






 虹橋で買ったレーザーポインタ。LEDライトと偽札を調べる紫外線が付いているという。車のエアコンのガス漏れの検査に使えたらありがたい。



 虹橋で買ったグラス。



 風船に水が入った玩具。持って帰り方を考えないといけないな。



 そそくさと夜のお勤めに出る。




 地下鉄で簡単にSOHO現代城に到着。



 まだ見ていない階を見て回る。結論として、現代城A座は、


7F サファイア
15F NightSky
22F ひまわり(170626追記:25日に行った)
35F スナック六本木(未)
36F 1314
36F Twinkle(未)


D座18Fにあるという情報の銀のバラは見に行っていない。
(170628追記:25日に見に行ったら無かった)


情報にはあって閉店しているのは、現代城A座では、


6F 香恋
39F SugarHeel
36F 楼蘭
26F YOU&ME
22F プラチナ
22F 秋葉
18F 梓(170626追記:D座18Fにあった。25日に行った)
16F 麻布


 こんなところかな。



 現代城1階の餃子屋にやっと入ってみる。





 そういえば、どこの飯屋でもタバコを吸っている者がいない。ここにも禁煙と書いてある。オリンピックを経験したからかな。



 水餃子と5元のコーラ。まあまあだけど、ちょっとしょっぱいだな。



 なぜか昨日に続いてサファイヤで飲酒。22時半ごろ退出。2時間座っていたことになる。最初は3人ついてドリ3、そのあと中国スパイひとりになったがドリンクがなくなったら自分から店の焼酎を飲んで節約してくれた。この店は2回目以降も飲み放題があるのだそうで480元也。



 22時半には家に向かう、よい子の暮らし。



 建国門外大街。



 ただいま。



 現地時間ではまだ23時13分だ。すぐ寝てしまう。

北京第3日


 hotmailは使えませんよ。2000年には使えたのに。



 朝は日記を書いて過ごす必要がある。こんなことで時間を消費するのでは旅行に来た意味に疑念が生じるが、覚えているうちに書く必要があって仕方がない。午前中は株を見張ったほうがいいと言う理由もある。



 展望バスルーム付属の展望トイレで雄大な北京の景色を見ながら排便する。向こうのビルから天体望遠鏡で見学している中国人どもに大和魂の排便を見せつけるという意味もある。



 現地時間11時23分に本日の冒険旅行に出発。まあ私の観光旅行は残業が多いから、これくらいがいい時間かな。



 今日は2000年に住んだ左安門に異常がないか点検に回る。つまりホテルを出て左だ。



 長安街W酒店の前の歩道橋。













 鉄道の下をくぐる。



 北京城東南角楼。







 ここで簡単に二環路を行くつもりだったが、見る物もないだろうと考えて西へ進む。







 直進は南花市大街、右は東花市大街、左は花市大街。








 こんなだったなといろいろ思い出すことがある。この辺りは賑やかでもあり、あまり変わってもいない。





 劇場。




 2000年に北京についてすぐの頃、この通りを散歩してなにか清涼飲料を買って飲みながら歩こうとしたら呼び止められた。最初は何を言っているか分からなかったが、ビンを返せという意味だったんだな。そんな思い出がある。





 この辺りの道路の反対側で2000年に撮った写真がある。バスが走って埃っぽい道路だった記憶がある。



 ここは遊園地だったが廃墟みたいになっている。







 懐かしい龍潭公園の入り口。2000年にこの辺までよく散歩したと言うだけじゃなくてマンションの26階からよく見えた。





 懐かしい左安門に到着。北京城の外堀になる川。



 左安門橋。



 なつかしい宿舎にご対面。左端の一番上26階に住んでいた。



 見ると、ああとすべてを思い出す。



 ここで毎朝、通勤のマイクロバスを待った。



 この橋の下には散髪屋がいたな。今もいるようだ。椅子が置いてある。ここをくぐって大通りの向かいに出ると、よく行っていた5元の牛肉面と、もうちょっと明るくて清潔な料理屋があったんだ。そこのおばんさんも親切に料理をいろいろ考えて出してくれた。その二軒は我々が居た頃に道路工事のために立ち退きになったと記憶している。立退料とか出るのかねと職場の通訳の岳さんに聞いたら、命令ですよと吐き捨てるように言っていた。



 マンションへの入り口は溶接でふさがれて、ご丁寧にその後を人がやっと通れるくらいに切断してある。どうしようかと立っていると後ろから来た男はくぐっていったので私も中に入った。体格のせいでここを通れない人もいるだろう。



 マンションの敷地の中。



 昔の宿舎にご対面。



 24時にエレベーターおばさんはエレベーターに鍵をかけて寝てしまうので、もみじから帰ると26階まで歩いて上がる必要があった。



 目で見るとすべてを思い出す気がする。



 すぐ近くの1階の便利店。簡単な食い物はここで買ったな。



 さらに昔ほっつきあるいた場所をたどってみる。



 見て思い出した、この1階にはちょっと立派な便利店があった。





 さらに飯を食うために歩いたあとをたどる。




 奥の地下のちょっと気取ったバーみたいなところに連れて行ってもらったことがあったな。




 張とここを歩いたことを思い出す。




 写真が残っている火鍋屋と、よく通った料理屋は無くなっているようだ。昼飯を食いたいんだがなにしろどこも人が多くて気が引ける。



 この店は客が一人もいない。料理も私の手に合いそうだ。ところが、店主らしい男が外でごみの片付けをしている。彼はまさか手を洗ったりはしないだろう。他の忙しい店も手を洗わない点は同じだろうが、忙しくてごみをいじる暇がないだろうし、他の客の食品をたくさんいじることによって私の順番が来るまでに多少は手の汚れも落ちているんじゃないか。グルメサイトなんかが言う"都会の隠れ家"的な店というのはめったになくて、客が居ないのは単純な理由だと私は思う。



 マンションの敷地を出る。



 門の前で右を見る。



 左を見る。



 南の大通りに行きたいので東に歩くともう一つマンションの敷地への入り口があった。当時車で中まで送迎されるときに使ったのはこっちかな。夜、車を降りてマンションまで歩くときに柳の並木の葉が顔にかかったのを覚えている。








 南の大通り蒲方路に入る。当時もにぎやかだったがいよいよにぎやかになっている。ここでは女の子がついて焼いてくれる焼肉店とかマクドナルドとかで食った記憶がある。




 焼け跡かと思ったら豪快な改築工事のようだ。




 昼飯を探してるんだがどこも人がいっぱいだし、なんとか鍋とか北京ダックとか立派な料理名を見ると気が引ける。






 ここは薄暗い大規模商店だった。北京について早々、電池の蓋がちゃんと閉まらない目覚まし時計を買ったのを覚えている。今はカルフールか。



 橋の下の目の悪い胡弓弾き。当時も居た。別人だと思うが。



 橋をくぐって大通りの反対側へ。







 方庄路まで戻って南に歩く。



 北京市第二中級人民法院





 今地図を見るとこれは紫芳園三区だ。マクドナルドかと思ったら銀行だったが、奥に店が並んでいる。




 ここは客もあまり多くなく、料理も手に合いそうだ。



 鶏肉とカシューナッツ炒め。めしは付いてるかと聞くと、付いてると言う。飲み物はコーラにする。



 料理を待っている間、もう一人おばさんのほうの店員がしきりに指を口に突っ込んで楊枝を使っている。まさか手を洗ったりはしないだろう。あいつが私の食事を触るんじゃないかと心配していたが、運よく注文を受けた若い女のほうが配膳してくれた。



 キュウリが多すぎて特にうまくもないが問題なく食える。今回の北京で最初の食事らしい食事だな。とにかくキュウリをたくさん食べた。





 方庄站から地下鉄に乗る。


 ここは南の端だから北に行くんだろうと地図を見ないで電車に乗ったが行き先の駅が私の夜の勤め先の大望路でずいぶん東だ。一度東に走ってから北に曲がる電車だったんだ。それはともかく大望路で一号線に乗り換えて建国門に帰るつもりだったが、まだ時刻も早い(現地は写真の時刻−1時間だ)ので藍島商城を見に行くことにする。電車の中で地球の歩き方を見て、金台路で乗り換えて東大橋で降りればよいことを知る。



 乗換える線を間違えそうになってあやうく方庄站に戻る電車に乗るところだったがなんとか移動に成功する。




 懐かしいねー藍島大厦。十里堡のイトーヨーカドー華堂と並んで高くないデパートだった



 向かいのビルもこんな感じだったな。



 連絡路があることも見れば思い出す。



 この辺をパソコン屋を探してドキドキしながら歩いたな。


 中を拝見すると、昔のある意味文化祭の出店みたいな手作りの感じは無くなって普通にデパートだ。売っているものも何だこれと言うほどのものもない。文房具売り場で黒の消せるボールペンを見た。色は黒しかないと言う。日本にいる中国人に見せるとびっくりしてどこで売ってるのと聞かれることが多いが、藍島商城で売っている。






 パソコン屋を見つける。そういえば昔もあったかもしれないがわからない。



 海賊版を駆逐しよう。こっちはDVDを買いたいんだが。


 店の中を見ると日本で並んでいる商品とどうという違いもない。3階はマザーボードとかも売っている。逆に言うと日本で売ってるものがみな中国製なので違いが無いんだろう。PC-9821と一太郎が売ってない、と騒いでもはじまらない。



 富国海底世界に向かってみる。水族館が見たいわけじゃなくてただ思い出のアイコンだ。








 吉市口東路を北に向かう。実は富国海底世界に行くには西に行きすぎている。









 工人体育館。




 富国海底世界の入り口を探して工人体育場の周りを歩く。せめて工人体育場を目指すべきだったのに、その西の工人体育館の西に出てしまったんだ。












 工人体育場の北面。





 工人体育場の東面。






 遊園地みたいなのが閉鎖で工事中になっている。海底世界も無くなったのかな。



 日本の歩道橋に書いてあるのと同じ作風だな。同じ奴がやってるのか、それとも同じ宇宙人か。




 あった。富国海底世界入り口。これを探して故宮くらいの大きさの敷地をほとんど一周した。中に入ろうとまでは思わない。



 ここが虹橋商場に非常に近いと思い違いをして西に向かって歩いてしまう。実はかなり遠い。







 二環路を南に下って朝陽門で地下鉄に乗る。



 一駅で建国門に戻った。






 夜の部。







 考えてみればホテルから地下鉄に乗るのは初めてだ。私くらい歩く北京人はめずらしいだろう。



 どこの駅も乗り場は深くて遠い。掘りまくるのも大変だっただろうし、いろんな遺跡が出ても見なかったことにしたんじゃないか。戦争中に紛失した原人の骨とかも出たんじゃないか。あれ、そういえば原人の骨はあれ以来出ないのか? ま、いいけど。


 いまリモートデスクトップ北京原人について検索して、明石原人の発見者が興味深い人物であることを知った。





 簡単に大望路に到着。地下鉄は歩くより早くて楽だ。



 駅を出て、SOHO現代城はどこかなと探したら駅がそうだった。



 コンビニで夜食と朝飯を買う。レジの前でボディシャンプーを探したが、どうも洗顔せっけんとシャンプーは何種類もあるがボディシャンプーは無いように見える。体を洗うのは?と聞くと、無いと言う。なぜ?



 昨日気づいていたSOHO現代城1階の餃子屋。餃子屋なら簡単確実に晩飯が食えるだろう。ところが入ってみたら閉店しましたと言う。残念そうに言ってくれるだけで気休めにはなった。そうなんだ、このへんだな。



 ならびの永和大王が簡便そうなので入ってみる。普段着の壮年の男が愛想よく出てくる。レジの横に表示がある27元のこれをくれと頼む。なんとかかんとかと難しいことを聞かれる。



 俺は外国人だよ中国語が分からないよと言うと、いよいよ丁寧になって頭上の飲み物三種類を指してこれを選べと言う。右の、と答えると、豆浆ですねと慇懃に念を押される。そういえばそういう名前の飲み物だった。熱いの冷たいのと聞かれたのは意味が分かったので熱いのを頼む。




 料理ができて私を呼ぶとき彼は、你好と非常に慇懃に叫んだ。料理が登場。鶏の照焼みたいなのとチャーハンと漬物とホット豆乳。




 親切っていうのは心がきれいだとか無欲だとかは全然関係がない。他人が何を欲しがっていてどう感じるかを推察する知能が必要だろう。携帯電話屋とか銀行とか、ここもそうだし、温かく迎えられて非常に感謝している。しかし他人を温かく迎えるには心が温かいだけではぜんぜん足りないんだ。



 現代城A座7階に上がってみるとネットで情報があったスナックサファイヤは実在した。女の子がふたり、ママさんは最近なにかのため出勤しないと言う。カウンターには男がひとり。客は私だけで女の子がふたりとも来た。一人はちょっと久本雅美が入っているだろう。もう一人は007に出てくる中国のスパイみたいな顔をしている。日本語は二人ともぜんぜんできないと言っていいんじゃないか。客が私だけなんだからそうだろうな。ドリンクはゆっくり飲めと言ったら本当にお代わりはなかった。カラオケは中国のキー操作をしてもらえない機械と中国曲が少ないJOYSOUNDの2台で、カウンターで切り替えるらしい。音響は良い。420元だけど400元にするよと言う。雨で危ないからタクシーを呼ぶと1階までスパイが送ってくれたが、自分で拾うとそこで分かれた。


 実はまたこっそりSOHO現代城に引き返してこんどは昨夜の1314に上がって行く。ところが飲み放題は初めての客だけで2回目からはボトルを入れろと言う。なんでもいいから一番安いのと言うと500元の何かになった。角だったかな。昨日居なかったと言う3人ママさんのうちの一人を見たが昨日見たママさんも含めて3人しかいないようだ。北京の金曜とは酒を飲まない日なのか。人民元が無いので1万円と330元を払う。今後何度も来て長時間飲む人には計算が合うんだろう。店持ちのタクシーでご帰宅。



 長府宮飯店に到着。



 コンビニで買ったもの。



 明日の朝飯のパン。



 夜食のポテトチップ。





 朝飯のヨーグルト。




 夜食のチアシードドリンク。


北京二日目


 おはようございます。日本は8時回ってます。




 老眼鏡で見ないと何の汁かわからない。左からシャンプー、トリートメント、ボディシャンプーボディシャンプーこれで足りるのかね?



 洗面所もチェックする。



 歯磨き粉。



 意味の分からない言葉。



 脱脂綿とヘラの用途がわからない。



 櫛。



 髭剃りセット。



 SICKと書いてあるじゃないか。



 歯ブラシ。




 さてシャワー後だ。ボディシャンプーはなんとか薄いせっけん液で体を流せば間に合った。品質は欠点もなく香りもない。万人にはこのほうがいいんだろう。



 ホテルのSICKはいくらこすっても剃れないので持ってきたSICKで剃る。倉敷のアパホテルのSICKと同じだな。クリームはそんなに悪くないようだ。でも実は髭剃り用に家で使ってる洗顔せっけんを持ってきている。髭が剃れないのは省略できないからな。



 歯ブラシの品質は私が厳選して家で使ってるのと変わりがない。歯磨き粉に八角とか花椒とかの風味があったら異国情緒でいいんじゃないか。



 日常のパソコン仕事を行う。まずネットを使えるようにする。



 楽天トラブルの最初に見たページでは有線LANしかないように書いてあって、その後見たどこかにwifiも使えると書いてあった。結論としてフロントに言えばIDとパスワードをもらって使えるということらしい。でもこれはwifiじゃなくて無線インターネットだな。



 面倒なので出発前日に買った有線LANをwifiに変換マシーンを使う。



 接続成功。コスモ証券は使える。



 googleは繋がらない。



 biglobeのメールはThunderbirdで使える。hotmailはダメだな。昔は大丈夫だったのに。
(170628追記:この時biglobeThunderbirdで使えると思ったのは先入観から来る勘違いで、実はこの時読めていたのは出発前に着信した分だけだった。biglobeメールはブラウザでは使えるしアンドロイドのgmailアプリでも使えるがなぜかthunderbirdでは受信できなかった。)



 Yahoo!ファイナンスも使える。




 FFTも使える。



 いつくか有料の食い物がしかけてあるこの部屋でタダだと書いてある農夫の山の泉をいただく。



 窓の外。さすがに安売りの部屋だ。




 こんな光を使った装飾の部屋もいいな。坂口安吾仕込みの機能美って思想は本当に絶体善なのかね?



 リモートデスクトップでKプログラムの設定をして株を見て日記を書いていたら日本時間で午後になった。中国が午前のうちにでかける。



 建外大街を東へ、国貿のほうに向かう。





 北京人民广播电台。このビルには思い出はないが2000年に朝の通勤マイクロバスの中でこの放送局のジングルを毎朝聞いた。



 友諠商店。外国人用の通貨があった時代の商店だと聞いている。2000年にはすでに客があまりいなくて店員が昔風に凛々しく暇そうに立っていた。



 そうそう。思い出したよ。変わってないな。




 中の雰囲気も変わってない。商業の博物館だ。







 秀水。こんなの秀水じゃない。中を見るとブティックみたいなのがいっぱい入っている。本物の中国製オメガはどこに売ってるんだ? 2000年に100元で2個買った本物の中国製オメガ。



 貴友大厦の西側に先日百度地図で見つけた携帯屋があったので入ってみる。若い女と30くらいの女の二人が店番をしている。若いほうに、UnicomのSIMカード売ってる?と聞くと、あるという。日本人だけど買える?と聞くと、買えるという。日本の携帯はUnicomのSIMカードが使えると聞いた、と言うと、そうだという。銀行口座はあるか?と聞かれたので、銀行口座を作るために携帯を買いに来たんだと答える。ネットは使うか、どれくらい使うか、と聞くので2GBと答えると、毎月何十元だかかかるコースを紹介される。次にいつ来るかわからないから使わない月に安いのが欲しいと説明すると、一番安いのは毎月5元消費するという。2000年に買った神州通みたいに使わない月はタダというのは無いのと聞くと、無いという。そんなのは日本にあるの?と逆に聞くので、昔あったが今は無いと答えた。そうか。電話番号によっていちいち値段が違う中から、一番安い電話番号を選ぶ。充値して残金が残っている限り無効にならない。残金がなくなると3カ月で番号を失う、と説明されたようだ。



 カードで充値するにはどこで買う?どんなカード買う?と聞くと、便利店で売ってると現物を見せてくれた。充値するときはこのカードを買うのは面倒なやり方で、微信を使う簡単な方法がある。向かいの銀行で手続きできる、と年配のほうと二人でいろいろ教えてくれた。黙って説明を聞いていると、こいつは分かってないよ、と年配のほうが言った。賢いやつだ。


 金を払うとき、懸案の持参した2003年の紙幣が使えるかどうか聞いてみた。100元は使える。こまかいのも使えるという。年配のほうが気を利かして、こまかいほうから古い紙幣を取ってやれと若いほうに言ってくれた。SIMカード代250元、充値が100元。賢くて親切な電話屋でいろいろ助かった。先日SIMロック解除したdocomoのSH-04Gに入れる。






 国貿ビル。



 この連絡通路を見て思い出した。ひとりで歩き回ったな。中は高級っぽい商店など。




 東三環に突き当たる。ここで大通りの反対に渡って戻り、携帯屋の近くの工商銀行に行く。





 今回目立つのはレンタル自転車と電動バイクの多さだ。自家用車の多さは2000年と2003年の比較ですでに顕著だった。




 大安里の工商銀行の横の食い物やらしきもの。銀行を襲う前に体力をつけようと思って入ってみたが、カウンターに説明が書いてあって、このカードはうちの店専用です、こっちのカードは、と書いてあって、あと9食しか食わないのにカードを作るだろうかと思い悩んで店を出た。


 同じビルの工商銀行に入り、案内係みたいな立っているおばさんにヤジゲゲーと突撃する。銀行口座を開きたい、と言うと、口座を開く?と怪訝そうな顔をする。ここでは口座を開けないと言われて見回すと、なるほど立派な広い店舗だがATMがいっぱい並んでいるだけだ。近くではどこがある?と聞くと、この前を右に行くと橋がある、その東面にあるという。橋とは東三環路の立体交差だ。さっき折り返したところだ。地下鉄の駅一つ分また歩く。


 三環路よりちょっと先に行ったところだったが百度地図を見ながら工商銀行にたどり着き、案内係みたいな人に口座を開きたいというと、お前は外人か、カードは持っているかと聞かれた。カードとは外国人登録証だろう。まだない、と50%はうそを言ってしまったが、特に何も言われず、じゃあと案内された。



 10箇所くらいある窓口の上にY0-045と表示されるのを待つ。


 かなり待って、窓口の若い女に呼ばれる。何度も聞き返す耳の悪い外人に親切に対応してくれた。要は、パスポートと、通話とショートメールが着信できる携帯が必要だった。姓名とサインはパスポートのローマ字通りに書く。住所はホテルの住所を書く。携帯で音声通話のワンギリが着信できたことを着信履歴で窓口に見せる。その場で銀行から送られてくるショートメールに書いてある番号を窓口のテンキーで押す。これだけでキャッシュカードとネットバンクのUSBがもらえた。


 彼女は新人だったらしい。そのうちに昼飯から帰ってきたらしい年配の女のチェックを受けている。年配のほうが私に、自分自身で使うのかと聞く。自分自身で使うとオウム返しに答える。


 金をいつ払うのかなーと待っていたが、最後に言われたことが何を言ったのか分からなかった。聞き返すと、他にご用はありますかと聞いたという。金は?と聞くと、口座にはお金はありませんと言う。USBとかこれやってもらった費用は?と聞くと、これらは差し上げたものですという。口座を開くことには1円もいらない。


 出口のATMで金を入れようとしたが予想外のボタンが多すぎてわからなかった。ま、いいや。誰かに聞く。実は日本から楽天銀行を使って自分の中国の口座に送金することもできる。すごいぞ。



 せっかく東三環路にいるので、北に歩いてもみじ2号店の跡を見に行く。青春の(当時すでに40だったが)思い出の地にはこんなもみじ2号店記念塔が建っていて放送局として利用されている。



 この辺だったのかねー。道路の形も変わっている。歩道橋が無くなって位置が分からないな。



 向かいのあのへんは家具場という敷地で散漫な商店が入った一角だった。



 京広中心を眺める。





 京広中心。京広の向かいはVCD屋だったが無くなっている。




 朝陽路を東へ歩く。



 歩道橋。




 路地に食堂がある。昼飯も遅くなった。



 家常菜、家庭料理と書いてある。



 入ってすぐの路地をのぞく。なんかの時にこんなところに来た記憶がよみがえった。





 家の如きホテル。どうだろうか? うれしいだろうか? ホテルは家じゃないという点においてすでに家に居たいという人にとっては否定的なはずだ。そこにもってきて品質面で家のようだというなら減点対象になるんじゃないだろうか? ま、考え方はそれぞれだ。




 これが大通りに看板が出ていた家常菜の店だが・・・食い物のことは安全方向にかじを切ったほうがいいだろう。観光という意味でも一日3回しかカードが切れない。




 腹も減り切った。蘭州老馬ラーメン。ここに入ってみる。店に入ると若い兄ちゃんたちがランニングみたいな恰好でやっている。牛肉らーめんと注文すると、他にはと聞かれる。無いと答えると落胆したような気がしたが私の考えすぎかもしれない。客はちらほらと入っている。



 なかなか商品ができてこない。ラーメンをどこかに買いに行ったんじゃないかとおもうほど、生産活動の気配がない。そのうちに新疆人のかっこうをした若い男女が出てきた。そうか新疆人の店でもあるのか。



 15分以上かかったと思うがやっと登場。ところが食ってみると微妙にうまい。これは蘭州ラーメンの味なのか? それともこの店の特徴なのか。花椒みたいな舌が痺れるものも入っているが、それだけじゃなくて新疆らしい感じのつんと涼しい味がある。なにかな。




 15元。これじゃ他に何かと聞きたくなるだろう。2000年に毎晩食ってた5元の牛肉面と同ランクの食い物だろう。



 トロリーバス。まだありましたか。












 東四環路と交差する。







 この向かいが華堂だったんじゃないかなぁ。やぱり無くなっている。




 バス停は十里堡。ここだな。



 ここから引き返す。十里堡の華堂がなくなったからと言って実はどうと言うこともない。










 電灯の切れた信号機が多い。反対側とか後とかの信号を見てわたる。






 朝陽劇場。2000年にも2003年にも行った。



 呼家楼から地下鉄に乗って帰る。



 建国門で地下鉄を降りる。地下鉄に乗る全員に飛行機と同じ手荷物検査をするんだから大変だな。



 長冨宮に到着。



 靴をドライヤーで乾かす。



 部屋にコーヒーがあるようなので湯を沸かす。



 傘と靴下を乾かす。




 砂糖入りインスタントかと思ったらドリップコーヒーだった。ドリップならドリップでもいいがインスタントコーヒーだと思い込んで甘いコーヒー飲みモードに入っていたのでちょっとがっかりだ。



 体重計まである。



 長富宮ホテルのネットの再確認。食べログは繋がる。



 okwaveは繋がる。



 Yahooのトップページは繋がる。



 価格comは繋がる。



 つながらないのは、Google地図、google検索、facebook



 中国でつながらないことで有名なyoutubeもつながらない。昔知り合った北京の大学生は寮でつながると言っていた。




 今日、工商銀行でもらったもの。



 携帯屋でもらったもの。



 ネットの続き。千葉の自宅サーバーにリモートデスクトップはできる。ということはどこでも遠慮なくつながるということだ。めでたしめでたし。もっともかなり遅いけど。中国で開けない中国のスナック情報のページも開ける。





 さて、夜のおでかけ。










 さっきリモートデスクトップで見つけた小小があるという場所。無くなったと聞いたが訪ねてみると、無い、引っ越していった、と警備員に強い口調で(と主観的に感じられる)言われた。人にものを訪ねてありがとうと言わずに立ち去る人の気持ちがわかる。小小は2000年に私が行ったことがあるスナックの50%だ。







 つきました。今日の二つ目の目的地、建外SOHO。




 また晩飯に苦慮してるんだが台湾から来たという鶏肉料理を見つけて入ってみる。小さいテーブルと丸いすがふたつある。ここで食っていいのと聞くと良いという。



 よくわからないがこのセットを頼んでみる。飲み物は無いというのでコーラを3元で追加。




 料理が来てみるとこれは家族用のおかずだな。



 甘いポテト。うまい。



 鶏のあばら揚げ。味は良いのでまあ食える。



 中国のコーラ。



 この芋みたいなものが分からない。ぐにゃぐにゃしてるし。特殊な植物?



 鶏の軟骨だろう。肉も多いし、食える。



 メニューをもう一度もらってよく見ると烏賊だという。いや、現地でこの字は烏賊だろうと思ったんだが、いま辞書を引くとイカの中国語でこれが出てこない。違ったのかと探し回ったがやっぱりこれは日中辞書に載っていない烏賊なんだな。



 食い終わって店を出ると同じビルに水餃子があった。水餃子のほうがよかったな。



 建外SOHO東区をネットの情報をもとに探し回る。




 ところがどう歩き回っても見つからない。ま、いいや。



 SOHO建外東区の看板が光る。いいや、現代SOHOに向かっちゃお。歩いて。




 途中のど派手な新疆料理屋。



 SOHO現代城A座の36階に上がる。楼蘭という店があるはずだったが無い。代わりに1314とTwinkleという店がある。



 これは1314。後で聞いたが1314は一生一世という意味だという。已散已死じゃないの?



 もともとこの看板じゃ頑張っても1341としか読めないから名前なんかどうでもいいんだろう。



 こちらはTwinkleの看板。




 そすて、エレベーターホールのガラスから見下ろすと下の35階に店がある。六本木スナックだという。



 歌声が聞こえる。



 1314とやらに入ってみる。



 ママさんだという日本語ができる女がいろいろ聞いてくる。ところが次の日に聞いたがママさんは3人いるという。4人ほど空いている女の子の誰がいいですかと言うので、じゃんけんして負けたのが来いと言ったら顔を見合わせて困っている。みんな普通語ができるんだろうね東北人は居るか、と聞いたら、一人いるこの子は瀋陽だという。瀋陽語は分からないと言うと、瀋陽普通話だと言う。何を言ってるおまえのところはハオツーボと言うだろうちょっとお前来いと、瀋陽人が付くことになった。可愛かずみに似ている。


 みんなちょっと日本語ができると言っているが昨日の店でもちゃんとできるのはママさんだけだった。日本語を勉強したいと言う相手には「セックスしましょう」と言わせることにしているがこの子はその通りに復唱した第一号だ。いままでこれを試して本当に言ったのは一人もいない。この仕事を始めて3ヵ月で、日本語の勉強もそれからだと言う。勉強してると言っても何をしているわけでもなく昼は寝ていると言う。セックスしましょうの意味も知らないという。


 カラオケは昨夜見たような中国の機械とJOYSOUNDのおもいっきり中国曲が少ない機種の組み合わせ。中国の機械ではキーの変更はできないと言う。そんなことがあるのかね? 音響はまあまあ。


 飲み放題コースで479元だと言う。日本の偽札で払っていい?と聞いたら、人民元のほうが好きだと言う。日本に偽札があるのか見せてみろと言う。昨日プリンタで作ったんだと説明したが相手にされなかった。飲み放題がいくらで女の子のチップが200元ですとかと言っているがそれは計算式のハナシで、つまり479元だ。昨日よりは安い。


 帰りはタクシーを呼んでもらった。呼ぶだけじゃなくてタクシー代は店持ちだと言う。じゃぁ大連あたりまで送ってもらうと良いねと言うと、それはダメだという。大雨の中で可愛かずみがハイヒールを濡らしてタクシーまで送ってくれた。タクシーがビルの表に来たのか裏に来たのかで錯誤があって靴を濡らして歩き回る。傘は私の一本だけで帰りは頭から濡れて戻っていった。いいやつだな。



 ホテルにご帰還。ということは店には1時間半くらいいたのかな。



 黒い妹で歯を磨く。




 傘を乾かす。



 靴と靴下とズボンのすそを乾かすためにドライヤーで器具乾燥機を製作する。ドライヤーが溶けたり棚が焦げたりしないように節度を持って運用する。



 紅茶。

北京


 荷物を整理していたら2000年の北京の名刺が出てきた。もみじと地壇公園の日本料理屋花壇と、職場で連れてゆかれたダンスホールみたいなところだな。



 荷物がやっとできる。観光旅行って簡単だな。観光旅行なんてした記憶がない。



 名前を書いたマジックは2000年に北京の左安門で買ったんだ。次はいつ行けるかわからなかったから大事に使っていた。



 さて、生まれ育った千葉を離れる時が来た。クラクション長鳴らしの千葉、歩道ゴミだらけの千葉ともお別れだ。




 道路が渋滞している。この先で工事をやっている。振り返るとバスがいた。タクシーのつもりだったが、これじゃ何で行っても千葉駅に着く時間は同じだろう。



 気にはしていたが転居後初めて家からバスに乗る。


 SUICAで払ったので詳細はわからないが整理券の料金表を見るとバス代は200円以上だ。タクシーは初乗りの730円で千葉駅に着く。どうだろう。毎日だったら考えるかもしれないが、タクシーでもバスでも料金はあまり変わらない。



 千葉駅。


 ここで予定以外のルートも考えたが、時間に余裕があるし、乗換え無しが安全だと考えて予定通りバスで行く。



 千葉駅西口のバス乗り場。



 偶然、11時15分のバスが遅れてきて乗ることができた。



 うっかり最前列に座ってしまう。対向車に気を付けながら羽田空港に到着。




 台湾でも中国でもすごい行列という記憶しかなかったが、今回はほとんど待たずにすいすいと搭乗口まで着いた。



 ここにも両替所が。昔は中国の外では人民元が手に入らないのが当たり前だった。



 搭乗口の近くで昼飯。



 3種のきのこじゃなくてスパゲティだろう。あとコーヒー。



 出発時刻は16時50分。



 あれに乗ればよかったな。




 あれれ、行っちゃった。停まってたのは韓国行きだった。



 テレビの前に立って荷物をいじる女。中国気分が出てくる。実はこんなのは日本にもいっぱいいる。



 出発の準備が遅れておりますと放送があった。



 海外行きで初めてのJAL。やっと乗り込んでシートベルトを締めたところで、出発は18時ですよと機長の放送があった。新しい理由は天候と北京空港からの指示だという。



 最近は電子機器をいつでも使っていいんだな。



 強風。



 天気が良くなって虹が出る。待った甲斐はあったかもしれない。



 やっと動いた。







 遅れたんだから飯ぐらい出すよね、とだれか言ってくれたらしい。



 昔、北京で日曜にもみじの女の子と遊んで、晩飯の後で連れてゆかれた国貿のハーゲンダッツがその日払った中で一番高かったのを思い出す。





 -52℃じゃ消せるボールペンの消した字が全部出てくるんじゃないですか、とスチュワーデスに聞こうと思ったが忙しそうで聞けなかった。







 着陸の準備をしておく。日頃この準備が悪いのが私の特徴だ。



 地面が近づく。



 地球の歩き方にこれを機内で書いておいたほうがいいよとあったので、背もたれのポケットで見つけて書いた。地球の歩き方には国籍はJAPANESEと書いてあったので、変だなと思いながらそのまま書いたが、機内の背もたれのディスプレーでメニューで選んで見た手続き案内のビデオではJAPANと書いてある。やっぱり。



 入国審査はすごい行列という記憶しかないが、待ち時間なくすらすらと通れた。



 荷物を受け取るには電車に乗る。



 C站まで、津田沼から千葉までぐらいの時間がかかる。気のせいかな?




 通関。安全検査みたいにスーツケースをX線で見て終わり。肩掛けカバンとリュックサックは見なくていいという。麻薬を持ち込んで捕まった日本人はどうやって捕まったんだろうか。麻薬持ってませんとか言ったんじゃないか。


 出口をうろうろ歩いていると若い男の職員が声をかけてきたので、地下鉄はどこと聞くと、あっちだと教えてくれた。一卡通はどこで売ってると聞くと、地下鉄のほうを指さしてINSIDEと教えてくれた。



 地下鉄駅の券売り場で無事に200元を払って180元が充値された一卡通を手に入れる。使い方はsuicaと同じ。



 地下鉄の中でY!mobileの携帯のネットワークの設定をする。Y!mobileのサイトで見たようにネットワークを中国の定額のChina MobileとChina Unicomの2社に設定すると電話も出来なくなる。後からY!mobileから来たメールの”中国では全社が定額なのでネットワークを指定しなくていい”という情報に従って自動に設定すると、電話もネットもできるようになった。・・・が、一日のネット使用料の上限が3千円くらいかかる。



 飛行機が遅れたせいで東直門から建国門の電車が無い。終電は現地時間22時7分(デジカメ時刻で23時7分)だ。東二環路をタクシーでホテルまで行くとすると・・・その後で遊びに行くタクシーのことを考えてしまう。ホテルのチェックインは深夜にして、先にタクシーで遊びに行っちゃおう。



 予定変更で三環路の三元橋で電車を降りる。


 すぐ前のホテルのロビーで長富宮飯店に電話をかけるが、今忙しいのであとでかけてという機械のメッセージが出る。何度かけても同じ。日系の一流ホテルでそんなはずがないだろう。日本の番号からかけてるからじゃないかな。



 車を拾おうと道路に出ると三輪車に声をかけられた。どこに行くというので、遠いよ大望路だ、というと、俺はそんな遠くまでは行けないとタクシーを紹介された。運転手は、60元でどう?と言う。乗り込むとメーターは付いていない。何しろ地下鉄が無い時刻だ。



 燕沙。まだこんな北のほうか。2000年に北京に居た頃は燕沙というとずいぶん北のほうに来たという感じだった。




 国貿ビル。かつてはこのへんから南が主な生活圏だった。



 大望路のSOHO現代城。私は百度地図を見る。運転手はよく知らず、このへんかなと車を降りる。運転手が百度地図を見てくれたらお互い能率がいいんじゃないか。
(170629追記:あとで知ったがこいつは特別に時代遅れのタクシーで、普通は携帯アプリで位置情報を知らせながら客から呼ばれて、携帯のカーナビで目的地へ向かう。支払も携帯アプリで済んでしまう。)



 敷地の入り口に門が閉まって守衛がいて、とても中にスナックがありそうに思えない。勝手に入れる場所を探して1周してしまった。1周したところの門で守衛に声をかけて、SOHO現代城はここですか、入っていいですかと聞いて中に入る。中でもまた(大きな敷地で)マンションとか現代城B座、C座とあって、A座を探すのに時間がかかった。
(170628追記:結論として、建外路に面して地下鉄の出口があるのがSOHO現代城だった)



 秋葉、PLATINUM、ひまわりがあるはずの22階に上がってみる。ひまわりはあるが他の2軒はない。ひまわりからは日本語で歌う女の声が聞こえる。にぎやかですかそうですか。よそのにおいも嗅いでみるか。



 1階まで戻ってエレベータを変え、15階を見に行く。情報通りNightSkyという店があって、静かなようだから入ってみる。日本語がうまい賢い若いママさんの店。しばらくママさんと話す。超美人だ。
(170628追記:このママさんは船橋の凛にいてkirakiraに移ったあの人に印象が近い)


 ホテルのチェックインが深夜になると連絡する必要があるんだが繋がらないんだ。僕の携帯が日本の番号だからじゃないかなと言うと、こっちが頼む前に私の電話でかけてみようと言ってくれた。実際やってみるとママさんの携帯では簡単につながる。海外からの深夜の電話はつながらないんだな。ホテルと話もしてくれて安心して遊べることとなった。賢いママさんで助かった。


 女の子はどんな子がいいですかと聞かれる。日本語が全くできないのはダメで、賢くて音楽ができる子だよというと、日本語を習って少しできるという湖南の子(一個都不能少でいやいやながら行方不明の子を探すのを手伝った女に似ている)と、こんにちはとさようならとすらすら、みしみし、やじげげが言えるというちょっと垢ぬけた女の子の二人が付いた。ボトルを入れればなんとかだが飲み放題はかんとかだという。飲み放題で2時間500元くらいだったかな。ドリンク50元。言ってもはじまらないが2000年のもみじ2号店は一晩100元でドリンク30元だった。歌っているうちに女の子がもう一人増えてドリンクがかさむ。ママさん1杯、最初の二人が4杯、後から来た人が1杯で6杯だと思うがそうすると300元のはず。2時間足らずで退出。640元で11000円でいいよという。どうだろう。千葉の香港クラブと同じだな。飲み放題が300元だったのかもしれない。


 カラオケマッシーンは中国人向けの機械で操作方法がだいぶ違う。キーの変更の予約が何か変則的なことをしないといけないようだ。歌を入れた後で呼び出して修正してたみたいですが。日本の歌は有るのか無いのか分からなかった。


 帰りは店でタクシーを呼んでくれて、車の番号を知っているからと店長みたいな若い男が下まで送ってくれた。そのほうがいいんだ。昔、もみじの帰りに深夜に流しのタクシーに乗って変なところを遠回りされたことがある。遠回りだけじゃなくて、そういうやつは危険な感じの奴なんだ。帰りのタクシーはメーターが付いていて19元。


 ホテルで深夜のチェックイン。お金はカードですかという。金は払ってるんじゃないのと聞くと、いや、ルームの何とかが、という。そういえば追加で払う何かが楽天トラベルの紙に書いてあったような気もすると思い出して、適当に了承してしまう。だいたい私が言うことよりニューオータニ長冨宮が言うことのほうが正しいだろう。日本語ができる若い男と英語で話しかけてくる若い女の二人で深夜に面倒を見てくれているし。追加が1500元だというので、Yahoo!カードを渡すと、使えませんと言われ、楽天カードで払う。詳細は後で確認しよう。



 チェックインを済ませて5階に上がる。エレベーターが動かない理由がカードをタッチだと気が付くのに時間がかかった。新川崎でも新習志野でも事務所はこれだったな。ニューオータニだからか。あーはん。



 懐かしの我が家に。




 部屋の電気がしばらくすると消えてしまう原因はここにカード差し込みだと気が付くのに時間がかかった。





 乾燥機能付きウォシュレット。千葉の乾燥機能付きと違って乾燥機能が壊れてない。



 シャワーは浴槽と別ルーム。



 ふとんが二つ。期待は高まる。



 しかも部屋から排便や入浴が観察できる。変態だね。





 風呂場からの眺めも最高です。



 今日の活動の成果。一卡通(suica)の領収書は作り置きのをたくさんくれた。