ディア・ハンター

 やっとディア・ハンターを見る。デニーロもウォーケンも若い。ベトナム戦争で人が変わるという今となってはよくある話だがこの時代は独創性もあっただろう。人物も場面も好感が持てるけど、納得できるかと言うと都合が良すぎる気がする。

ALWAYS三丁目の夕日

 原作をいつものサテンで読んでいるので期待してみたが、芝居があまりにもわざとらしくて見続けることが難しい。アメリカの映画はキャラクターはめちゃめちゃでも演技は自然の場合が多い。映画が映画ではなく舞台芝居を撮影したものだという日本映画の特徴がどうしても受け入れがたい。香港映画でやられたチンピラがカメラの前に寄って「なんでこうなっちゃうの」と裏声で言って頭を左右に振りながら後ろにばったり倒れる。30年前の香港映画と同じ病気が、今の日本映画にある。赤い月も同じ。最初の10分ほどで挫折。日本映画の芝居にはリアリティが無い。映画とはこんなもの、と気楽に撮っているんだろう。「芝居」とは、芝居というものを行うことじゃなくて、カメラの前で自然に振舞うことだろう。でも難しいんだろうな。男はつらいよの芝居の中には、大げさな中にもまだしも自然さがあるように思える。現実的な演技の日本映画を見たい。これじゃせりふじゃなくて演説だよ。


「しかしあの野郎、鼻の下伸ばしやがったな」と言うせりふだけリアリティがあった。

隠し砦の三悪人

 黒澤明スターウォーズのモチーフになったという。昭和漫才風の大げさな芝居も時代劇ということであまり違和感なく見れた。ただしお姫様の台詞回しにはうんざり。筋立ては独特のもので退屈しないで見ることが出来た。
 子供のころに見た三船敏郎はすでに年寄りになっていて、威厳ばかり作っているようであまり好きでなかった。こちらが年をとってから若いころの三船敏郎を見ると好きになる。漫画のあじさいの唄のおやじが若い頃の三船敏郎をモチーフにしていることもよくわかる。
 お姫様のほうは、この映画がデビュー作で2年後には自分は才能が無いと引退したとのこと。納得。

北京の55日

 前半、チャールトン・ヘストンが占領軍らしい独善を振り回す所を見るとむしろ義和団に同情したくなる。後半の戦争状態になるとカーク船長流の独善も鼻に付かなくなり素直に見れるようになった。英国公使の態度が政略の中心として描かれている点は救いか。退屈せずに見ることが出来た。外国の軍事基地を歓迎してその維持費を提供し、それが自国を守る手段だと言っている民族と照らし合わせて考えさせられた。