西田利の日記

写真サーバーSSL化成功

QQ

[转] 钓鱼岛对于日本人——关于日本人的爱国观篇


估计在日本的留学生,最近以来每次和亲朋好友聊天的时候,最经常被嘱咐的就是“你们那边没事吧,最近乱,别没事出去,多注意安全啊”。每次我一个劲儿的解释说这边就跟什么事都没发生似的平静,但总有人也不信。


 日本に居る留学生なら、最近親しい友達とチャットするとき毎回聞かれるのは「あなたたちの所は無事かい? 最近は荒れているから、用が無ければ外出しないように、安全に充分注意してください」と言われるだろう。その度に私は、このあたりでは何も起きておらずまったく平穏だと一生懸命に解説するのだが、誰も信じてくれない。


想想看也是,当时菲律宾与中国发生岛屿纠纷的时候,运到国内港口的菲律宾水果因为质量问题被滞留港口,只能等着烂掉,菲律宾的佣人被主人侮辱、辞退的报道也屡见不鲜。那这次日本与中国发生岛屿纠纷的时候,想必中国的商品,中国人也会遭到不公正的待遇吧。


 考えてみても、フィリピンと中国で島嶼紛争が発生した時、国内の港湾に到着したフィリピンの果物が品質問題で港で足止めされて、ただ腐るのを待つしかなくて、フィリピンの雇い人は主人に侮辱され首になったという報道も珍しくもなかった。それで、今回日本と中国に島紛争が発生した時、必ず中国製品や中国人も不公正な扱いを受けると思うだろう。


不过万幸的是,确实一切安好。早上我穿着印有中文的文化衫坐地铁,打工的时候,日本老太太还是每天会送我自己亲手做的饭团,来购物的客人也不会因为看到我带着印有“王”的名牌而横眉竖眼,在饭店吃饭的时候也依旧和同学用中文聊天。警察也不会因为我们用中文聊天对他们拍照而给我们什么特别照顾。


 ただたいへん幸いなことに、一切はまったく無事です。朝、私は中国文化の印刷があるシャツを着て地下鉄に乗りバイトに行く時、毎日私に自分でつくったおにぎりをくれるおばあさんも、買い物に来る客も、私が”王”印の印刷を着ていることで目を吊り上げるということは有り得ない。料理屋で食事をするときも依然として学友と中国語で雑談している。警察も、私たちが中国語で雑談しているという理由で私達の写真を撮ったり何か特別な扱いをするということは有り得ない。


小事都没有,什么反华游行示威的什么的就更没有了。


 小さな何ごとも起きていない。どんな反中デモも、どんな示威行動も無かった。


有时候我也在想,难道日本人就没有点反应么,日本人此刻的淡定确实已经有点让人蛋疼了,让国内的一部分愤青蛋疼了,“我们这么卖力TM是做给谁看的,你们TM快来看啊,气死你们啊”。可事实是,日本人非但没有生气,更把这场“爱国秀”当成乐子来看,“砸的都是中国人的车,砸的都是中国人的店,践踏的是中国的法律,扰乱的是中国的社会”。茶余饭后,估计也是津津乐道的谈资。


 時々私も考えるんだが、まさか日本人は少しも反応しないのか。日本人のこの時の落ち着きには確かに歯がゆくなる。国内の一部の糞愛国青年を歯がゆくさせる。”我々がこんなに糞頑張っているのは誰に見せるためか。おまえ達糞ども早く見に来い。死ぬほど怒らせてやる。” しかし実際には日本人は怒らなかったばかりか、今回の「愛国ショー」をなぐさみとみなして見に来て、「壊れたものはみな中国人の車、壊れたものはみな中国人の店、踏みにじったものは中国の法律、掻き乱したものは中国の社会」とお茶の時間に興味深々に語り合っている。


那到底为什么日本人这么淡定呢,我觉得还是不得不从他们战后的国民教育说起。


 ではなぜ日本人はこんなにも落ち着いているのか。私はこれはどうしても彼らの戦後教育から語らなければならないと思う。


大家经常在新闻里最经常听到的日本的“团体”想必就应该是日本的右翼了吧。但是这里不得不提的是日本最大的左翼组织——日本教职员组合。战后,日本被以美军为首的联合军占领,狂热理想破灭的日本人,也开始反思,他们认为是教育的错是很大的一个原因。军国主义的教育,让年轻人效忠天皇,天天唱君之代,升日章旗,宣扬武士道精神,崇尚国粹主义和皇国史观(实际上就是纳粹的宣传手段,大和民族最牛B什么的,得解放全人类)用狂热的爱国主义把一批又一批的年轻人培养成了敢为国家献身的人肉炸弹。


みんながニュースで一番よく聞く日本の団体はおそらく日本の右翼だろう。でも、日本最大の左翼団体である日教組をここで挙げないわけに行かない。戦後、日本は米軍を筆頭とする連合軍に占領されて、熱狂的な理想が崩壊した日本人は反省を始めた。彼らは教育の誤りが大きな原因であったと考えた。
軍国主義の教育は、若い人を天皇に忠実にして、毎日君が代を歌い、日章旗を揚げて、武士道を掲げて、国粋主義皇国史観を尊び、熱狂的な愛国主義を用いて若者を次から次に国家に献身する肉弾兵器に養成した。


于是乎,教育领域成了日本社会开始反省的排头兵,而大中小学校的教师,可能算是社会中思维最活跃最开放的人群,往往在各种社会变革的运动中,也是先锋人物(比如五四等带有一系列数字的运动)。而这种大刀阔斧的改革中,往往会矫枉过正。日本的教师们成立了发起运动的组织——日本教职员组合,这个组织在战争结束时的规模非常大,参加的日本教师比例甚至达到了90%。他们开始反对一切战争时期的教育模式,什么国歌,不要唱了,国旗,不许升了,天皇,不许提了,甚至连爱国这两个字都是教育界的屏蔽词。


そこで、教育の領域は日本社会の反省の最先端となって、大中小学校の教師は、彼らは思索において社会の中で最も活動的で開放的と看做せる人たちだが、各種の社会の変革の運動の中でもしばしば最先端となった。(たとえば五四運動など一連の数字の運動など)
そしてこの種の大なたを振るう改革において、しばしば是正は行過ぎた。
日本の教師たちは運動を発起する組織「日本教職員組合」を成立させたが、この組織は戦争終結時の規模は非常に大きく、参加した日本の教師の割合は90%に達した。
彼らは戦争期の教育の形式にすべて反対した。どんな国家も歌ってはならず、国旗も掲揚してはならず、天皇も戴いてはならず、愛国と言う二文字に至っては完全に教育界で隠蔽された。


96年,当时的文部科学省发了文件说,在学校,国歌还是唱吧,国旗还是升吧。遭到了该教师组织的强烈反对,甚至发生了高中校长在毕业式当天因为升国旗唱国歌而自杀的事件。


06年,当时的安倍晋三内阁要把“要有爱国之心”和“要尊重日本的传统”写入教育基本法,但是在左翼的教师组织看来,所谓的“爱国”不就又是战争时期的那套嘛,那会的年轻人是多么爱国,最终不仅害了自己的国家,还殃及邻国,日本的传统是什么,天皇?尊卑?必然反对啊。


还有一件不得不提的事,就是日本80年代末开始的“教育荒废”。日本是个“爱学习”的国家,当时他们也不知道从拿学来了“自由散漫放养式的教育”,中小学不再考试,老师惩罚学生什么的更是开玩笑,从小学到高中简直就是幼儿园,老师不是老师,只是陪学生玩的保育员。


总之升国旗唱国歌等等这些在我们看来正常的爱国主义教育,在日本是个有争议的东西。在政治斗争的环境中,往往不同派别的政治观点更趋于极端,从而表现自己鲜明的政治立场。所以,日本的左翼认为“爱国主义=军国主义”从而大张旗鼓的反对,去吸引那些爱好和平反思过去的日本人,而日本的右翼就开始以近乎疯狂的手段来表达自己爱国的决心,大力渲染日本目前的内忧外患(北方四岛,竹岛,尖阁诸岛等各种问题)从而去吸引那些日本的热血青年。


从小就接受爱国主义教育的我,在刚开始接触日本的这个最大的左翼组织——日教组时,感觉他们虽然为日本的去军国化和平发展做了很多贡献,但是在我眼里他们对爱国主义教育的忌惮实在让我无法理解,有些事情确实像我前文说到,矫枉过正。


但是最近由于钓鱼岛问题,国内开始出现大规模的反日游行,也让我想起来了08年的反法游行,05年的反日游行。每次确实都是声势浩大,但是带来的社会问题却是更多。从而我也开始反思起了中国的爱国教育,我们接受的爱国主义教育基本上都是反外国势力教育,怎么说呢,升旗仪式上唱的是义勇军进行曲,谈到历史就是八国联军抗日战争,谈到电影就是抗日题材,扫墓扫的是革命烈士的墓。说到这,我对这些活动倒不是反对的意味。只是,怎么说呢,这种负能量的爱国教育实在是有点多,这么多的负能量的教育对于年轻人来说也许是爱国的激励,但也会产生仇恨。


而爱国教育的目的是爱我们的国,而不是恨别的国。


在回到日本对钓鱼岛的反应上来看。也许我们现在可以知道为什么日本民众对此事反应如此之淡。简单来说,在没有爱国主义的教育的基础上,1,他们对自己国家的事情表现的漠不关心(甚至很多年轻人对首相是谁都不知道,在前不久的调查中,公务员在日本人心目中的职业排名排倒数第二),在我们看来,这是不爱国,2,他们对别的国家也没有特别的恨,当然被侵略的是我们,要恨也轮不到他们。对于扔他们原子弹的美国,他也不敢恨。对爱国不关心的日本人,相反的就把爱移到了跟他们自己相关的方方面面上,我们也许听说过日本人抠门,爱钱;算是最勤奋的民族之一,爱工作;男人出去累死累活的打拼,女人相夫教子,爱家庭。这些爱促成了日本战后的经济腾飞。难道这不是爱国么。


希望我们能把爱国的热情转化成对学习的刻苦,对工作的热情,这,才是真正的爱国。


而那些打砸抢烧中国人同胞财产的所谓“爱国分子”,你们确实。。。太狂热了。什么血洗东京的标语看的我也毛骨悚然。首先是人,才能是中国人。所以要先有人性,才能有血性。



收工,睡觉。


 上はQQ空間に誰かが書いた日記だ。QQでは日記を書く人はほとんどおらず誰かの日記を自分の日記帳に転載することで済ませているから、誰が書いたものかわからない。私もどこかから転載した。