西田利の日記

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禁煙したとウソをついていたら

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 うそを付くことは悪いことだと小学校では教えますがそれはこの間の善悪のロジックが非常に複雑で大人でも理解できる者が少ないほどだからです。小学生には説明も面倒だし説明できる教師もいないので簡単に悪いと教えてしまいますが、実際にはうそを付くことはちっとも悪いことではなく、悪いのはうそを使って利益を得ることです。繰り返しますがこのロジックは上に一行で書いたほどには単純ではありません。

 厳密に言うと、悪いとされているのはうそを使って利益を得ることでさえなく、支払いをしないで利益を得ることだと言ったほうがよいのです。私は油田を持っていると嘘を言って何かを得ようとする場合と、私のパパは油田を持っていると事実を言って何かを得ようとすることは同程度の悪事であると見なされています。パパの所有物は嘘の所有物と同様に本人が汗を流して獲得維持している物ではないからです。俺は油田を持っている、と言えた場合だけが、嘘でも借り物でもない正当な保障と受け取られます。

 つまり、うそは悪いことではなく、悪いのはうそや借り物で支払いを済ませようとすることです。

 もしもうそを付くことが悪いという世の中になったとしたら、お父さんは本当はガンなんですよとか、今日の君は不細工だね、きょうの料理もまずいね、と言うことが奨励される世界になってしまいます。私はうそを言わないという事を大人の美徳として認めません。

 さて、本題に戻ります。過ぎた事ですがこの男にはウソを言わないという選択肢もありました。「うん、吸ってるよ」と開き直ることです。嫁がどう感じようが気にならない、別れると言うなら次の女を捜す、という戦略がこの男にあれば、男は本当のことを言って、つまり正直な自分を貫くことができたのでした。実際にはこの男がウソを使って為そうとしたのは、煙草を止めることができないという精神の弱さを別にすれば、「君の料理はおいしい」というひどいウソを言い続ける男と目的は同じでした。ウソそのものは悪いことではなく、ウソを使って何を得ようとしたかを評価する必要があります。この男はウソを使って嫁を安心させようとしただけです。(私がこのように評価する理由は喫煙を病気と見なしているからでしょう。)

 ウソを言った、言わない、という問題と、タバコをやめることができる、できない、という問題を、私だったら分けて考えるところです。理由の第一は、喫煙とは病気であって治療しがたいものだと分かっているわけだし、ただ食って寝るだけで乳房がどんどん大きくなる女もいれば薬やサプリメントやマッサージをどれだけ試しても乳房が大きくならない女もいるのと同じように、簡単に禁煙できる男もいれば煙草からなかなか抜けられない男もいるというのは個性として仕方が無いことなのですから、Aが煙草を止めたのにBが止められないのは意志が弱いからだとは簡単には言えないというのが一つ。おまえのおっぱいが大きくならないのは俺を愛していないからだろう、などと言われても困ってしまうでしょう。喫煙についても、ただ煙草をくわえて火をつけなければ良いだけだ、とは言えない喫煙者の実態があります。喫煙は数万人に一人の奇病ではないのです。第二の理由は、毎日2箱の煙草を吸い15分ごとに痰を撒き散らす男であっても煙草を吸わない男に対して一概に劣っているとは言えない、というのは個性というのは多彩なものですから煙草で多少不潔や不健康をもたらしても他にそれを上回る長所があるという可能性は残っているわけですから、この男は完全無欠と信じたから結婚したのに、という変人さんを除いて、まさか煙草さえ吸わなければどんな男でもいいという女は居ないでしょう。仮にいまそう言っても後ではそうではなかったと思い知ることになります。第三の理由は、煙草を止められない男であるという点を分離してみるとウソを付いたことがこの男の愛情の(少なくとも嫁がどう感じようがどうでもいいとは思っていないという心情の)証明であるからです。

 結局、第三者の目として一言で表現すれば、煙草が止められず家族にうそを言ってしまう弱さは誰にでもありがちなものだけれど、煙草に関するウソが理由で離縁しようというような猛女の話はあまり聞かず、どっちかって言うと別れてもうちょっとやさしい女を捜したほうがいいんじゃないですかと男に言いたい心境であります。

投稿日時 - 2011-05-22 17:02:21