
左は藤沢商事(埼玉)のアーモンドフィッシュ。右は泉屋製菓(愛知)のアーモンドフィッシュ。右のほうが魚に糖が良く絡んでいて甘い。左はあっさり。しかし味は非常に近い。標準的なアーモンドフィッシュの味。少し甘いカタクチイワシとアーモンドの味が実によく合ってうまい。以前は高い菓子だと思っていたが、最近は100円以下で売っている。
アーモンドフィッシュを見るたびに昔の知り合いを思い出す。私が大学を出て数年の頃だから25年位前、私の仕事先でアルバイトをしていた水産学部の学生が居た。ナントカ君という、今では名前も忘れている。彼の実家は尾道の食品加工会社で、父親がアーモンドフィッシュを発明したと言う。会社名は彼の姓と同じナントカ食品と言う。当時はアーモンドフィッシュと言うものを滅多に見かけなかったので、彼からもらって食べたのが最初だった。うまくてみなで感動したのを覚えている。
その後年月が経って、どこでも見かけるようになったアーモンドフィッシュはすべて他社製。当時、鹿児島の中堅菓子卸業だった児玉製菓の社長によると、この会社の製品は人気はあったが納期が守られずいつまでたっても品物が来なかったのだという。なるほどそれで模倣者の他社に先を越されたんだなと、そう理解していた。
ところが、今日検索してみると、
http://www.media-club.jp/media/news/backnumber/lnews0204.html
『【2005年1月31日(月) イリコにミックス、先駆け 「アーモンド」】
工場の扉を開けると、イリコのかすかな香りが漂う。自動包装計量器6台が、砂糖と水あめで味付けされたイリコと、皮を取って縦に6等分したアーモンドを小袋に詰める。「この二つの食材を組み合わせたのは、わが社が先駆け」と国延弘良社長(70)は「アーモンドカル」を手に取った。
全国で約10社が製造する同様の商品は、酒のつまみや菓子として親しまれ、スーパーやコンビニエンスストアの定番アイテム。小中学校や幼稚園の給食にも登場する。なかでも学校給食市場で、アーモンドカルは相手先ブランドによる生産(OEM)を含め、約6割のシェアを握る。
イリコとアーモンドをミックスするアイデアは、偶然の出会いから生まれた。1984年、国延社長がイリコ販売で飛び込んだ東京の食品卸売会社で、カリフォルニアアーモンド農事組合の営業マンと交わした雑談がヒントになった。
「互いの商品をまぜてみよう」。二人は湯飲み茶わんを使い、その場で実行。イリコの香ばしさとアーモンドの甘みが口の中に広がった。「魚嫌いの子どもでも食べやすく、カルシウムが補える。売れる」。国延社長はラインを整え、その年のうちにアーモンドカルを学校向けに販売した。
反響は大きく、販売を始めて3年間は24時間のフル操業が続き、5年間は毎年2割ずつ売り上げが伸びた。百貨店やスーパーから多くの引き合いがあったが、製造が間に合わずに断った。
開発の源流には、煮干しの卸売業を営んでいた73年に起きたイリコの大暴落がある。漁獲量に左右される業界に新商品の必要性を感じた国延社長は、妻捷子さん(66)と自宅の鍋でイリコを甘く煮た製品を考案。跳び箱で骨折するなど子どものカルシウム不足が問題になった時期と重なり、各地の学校で採用された。
現在、約150社の食品卸売会社に年間70〜80トンを出荷する。海産物の集積地として伝統を持つ尾道。ラベルには「HIROSHIMA ONOMICHI」の文字が誇らしげに輝く。(田儀慶樹)
《会社概要》1966年、煮干し製品の卸売業として創業。74年に法人化。主力のアーモンドカル開発後、海産物加工業に転換する。アーモンドカルのほかに、イリコと大豆を組み合わせるなど6種類の製品の製造も手掛ける。資本金1000万円。従業員はパートを含め20人。2004年4月期の売上高は約5億円。』
アーモンドカル。そうだった、この名前だったんだ。国延君。名前も間違いが無い。ずっとアーモンドカルを作っていたんだな。学校給食市場でOEM生産を含めて6割のシェア。なるほど、そうだったのか。アーモンドフィッシュ、アーモンドカル、アーモンド小魚を発明した国延食品。